袈裟が憎くなければ坊主の一味

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという慣用句がある。坊主を憎むあまり、勢い余って関連するものまで憎くなるというものだが、『坊主が憎いなら当然袈裟も憎いに決まってる』と変質して使われることがないでもないように思う。この場合坊主を憎んでいることを示すには袈裟を憎むことが必要となる。坊主は嫌いだが袈裟は嫌いではない、というのは認められない。

 

翻って現実社会で犯罪者や悪い団体に関する報道があった時、その人なり団体なりに関係するものへもヘイトを向けなければ下手すれば擁護したことになるときさえある。それがその悪事には全く関係のないものであっても。

 

悪だと感じるものを見つけてみんなで叩くことで仲が良くなりスカッとするようないい影響もあるが、その悪事自体には関係のないものを袋叩きにしてはとばっちりである。難儀なことだ。