文章の流動食

ここ数年、医学書以外でちゃんとした書籍を通読することが減った。頭を使わなくなって衰えたのか、大学の色々に振り回されてその分の体力を失ったのかさえはっきりしない。その代わりにネットに無尽蔵に落ちている文章の、その一部を延々と読んでいる。

 

インターネットでは単語を入力すれば関連する文章が人の手には負えないくらい出てくるがその単語を知らなければ入力することができない。

ブックマーク代わりにメモリの暴力で開きっぱなしにしている掲示板やまとめサイトの類、小説投稿サイト、あるいはポータルの名を冠するサイト、個人ブログの類、合わせて10種類くらいを定番としてネットサーフィンの9割をそこで延々とやっている。

 

しかしまあyahooジオシティーズが消えたのは残念だ。一期一会的に行き当って、タグに保持し続けるまではいかないまでも役に立つような個人サイトがほとんど無くなってしまった。

 

最近は検索して出てくるのはごてごてと広告の張られた、アドブロッカーで消すとその空白で妙に間延びするアフィサイトばかりになってしまった。それはそれで見極められれば有用なのだが楽しみに読むのはちょっときつい。

 

それはともかくとして、1冊10万字がデフォルト、章ごとでも1万字の論理をざっくりとでも掴んで追っていかないといかない書籍と違って、数千文字で分かりやすく区切りの付くネットの文章はすごく読みやすい。

 

本の文章が物にもよるが噛み応えのあるスルメだとしたら、ネットのそれは口当たりよく流れていく流動食だろうか。